2023/11/17 23:18


クリア塗料にはラッカーとドープがあります。これら2つは何が違うのでしょうか?

明確な定義はありませんが、主にラッカーは厚めに塗る用途として用いられます。主にホームセンターで売っているのはラッカーです。一般的なクリア塗料といえばラッカーを指します。一方ドープというのは薄めに塗る用途で、どちらかというと下地にしみ込んで表面を改質するような意味合いが強いです。これらはあくまで大まかな分類で、塗り方や希釈などで変えることもできます。

歴史から見てみると、合成樹脂のなかった昔は、塗料といえば植物由来のウルシが代表的なものでした。ウルシは酵素であるラッカーゼによって酵素酸化し硬化しますが、昔は主にこのラッカーゼという成分を含む塗料をラッカーと呼んでいました。1900年代になると、ニトロセルロースが発明されます。ニトロセルロースは工業的に大量生産でき、安価であることからウルシの代わりに塗料として使われるようになりましたが、なぜかラッカーという名前はそのまま残りました。原料が同じ植物由来であることから、どちらも似たようなものだと考えられたのかもしれません。

ところがニトロセルロースを塗料として用いる場合には問題もありました。ニトロセルロース塗料は溶剤が揮発して乾燥する際に、急激に塗膜が縮む特性があります。一般的な塗装ではこの特性は「引けが強い」とか「肉持ちが悪い」と表現され、あまり好ましくありません。塗料にはある程度の膜厚が要求されますが、引けが強いと膜厚が薄くなってしまい、重ね塗りをする必要が出てきてしまうために作業としてめんどうです。また、引けは応力のため込みにもつながるため、大面積を厚膜に塗ると経時で割れたりと信頼性にも影響が出てきます。

そこで特性を改善すべく、ニトロセルロースに当時新しく登場したアルキド樹脂を添加する方法が開発されました。これによって成分がニトロセルロース+アルキド樹脂となる、肉持ちのよいラッカーが誕生したわけです。現在ホームセンターなどで入手できる汎用クリアラッカーも同じ成分となっています。その後さらなる耐久性や高機能化が求められるようになり、石油化学の発展からアクリル樹脂ラッカー、シリコン変性アクリルラッカー、ウレタンラッカーなどが誕生しました。ラッカーは元のウルシ由来塗料というところから一般的なクリア塗料という形に落ち着き、現在に至っています。

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もう一方のドープについてですが、こちらはあまり一般的ではないので、ご存じのない方が多いかもしれません。ドープは元は航空機分野の用語です。ドープもセルロース系の塗料で、同じくニトロセルロースが発明されたころから使われはじめました。もともと「dope」は薬物や麻薬を指す俗語として使われていました。塗るとキツイ臭いがして頭のクラクラするような感じから、昔は薬物めいたものをイメージしたのでしょう。

当時は第一次大戦下にあり、航空機、中でも戦闘機の開発が急務でした。当時の航空機の翼や胴体は布でできており、強度を維持しつつも軽量化するための開発が行われていました。ここで着目されたのがニトロセルロースを溶剤に溶かしたニトロセルロースドープです。引けが多い特性は一般的な塗料としては不適でしたが、航空機の分野では異なりました。ドープを布に塗布することで樹脂成分が布地に浸透し、強度アップ、耐久性向上などの効果があることから、特に翼の性能を飛躍的に向上することができたのです。このためドープは航空機の分野では大いに歓迎されました。

ニトロセルロースは非常に燃えやすい特性があります。工場では航空機用燃料を大量に備蓄していたため、たびたび火災や爆発事故に見舞われていました。そのためニトロセルロースは燃えにくい素材であるアセチルセルロース系(酢酸セルロース、酢酸酪酸セルロース)に置き換わりました。アセチルセルロースドープは主に戦闘機の動翼に採用され、第二次大戦の初期まで使われました。第二次大戦も後半になると動翼は金属に置き換わり、ドープは表舞台から姿を消すことになりましたが、ホビーやクラフト用途では使われ続けました。現在でもラジコン飛行機の絹張りドープ、木材の防水やにじみ止め、紙のコーティングなどに使われます。

ドープに近い他のおもしろい用途として、アメリカンフラワー(ディップフラワー)があります。アメリカンフラワーは造花です。着色した酢酸セルロース溶液に輪っか状にしたワイヤーを浸して膜をはると、ガラス細工のように繊細で美しい造花を作ることができます。強い引けから表面張力が発生するので、スキルを必要とせず簡単にきれいな膜をつくることが可能です。

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