2024/08/19 18:35
月刊車載テクノロジー 2024年8月号に寄稿させていただきました論文、「生分解樹脂,バイオマス素材を中心とした特殊フィラメントの開発」のHTML版です。
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1.はじめに
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近年,3Dプリンティング技術は急速に進化しており,産業界においては開発期間短縮,工法改善,コスト削減などに貢献している。3Dプリンタにはさまざまな方式があるが,その中でプラスチックフィラメントを用いる熱溶解フィラメント製法 (FFF:Fused Filament Fabrication) が広く浸透している。FFFが広く用いられるのは,3Dプリンタが簡易な構造で比較的小型・低コスト化できること,使用できる樹脂材料の種類が多く選択肢の幅が広いこと,運用が容易であることが主な理由となっている。
造形材料であるフィラメントは,主に装置としての3Dプリンタの進化に追随する形をとってきた。まずは造形精度,造形安定性,コスト,高機能化という形で進化し,これまで様々な樹脂材料についてフィラメントへの適用の試みが行われている。本稿では環境の面から需要が高まっている生分解樹脂,バイオマス素材を用いたフィラメントについて説明する。
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2.高耐熱PLAフィラメント
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PLA(ポリ乳酸: Poly-Lactic Acid)はトウモロコシやサトウキビなど,再生可能な植物の発酵から得られる乳酸を原料とする生分解性樹脂である。近年世界中で使い捨て石油系プラスチック製品の置き換えとして採用が進められている1)ほか,造形安定性から3Dプリンタ用フィラメントとして好んで使用されている。
ただしPLA造形品は主に試作品としての位置づけにとどまっていることが多く,信頼性が必要となる実用部品へ適用されている事例は少ない。理由の一つは耐熱性にある。PLA樹脂のガラス転移温度(Tg)は約55℃と低い。造形品はこの温度に達すると固体からゴム状態となって軟化し,造形において受けたひずみが解放されることで著しく変形してしまう。これがPLAフィラメント造形品を実用的な用途への適用を妨げる要因となっている。
本来PLAは融点が約170℃の結晶性樹脂である。造形後はアモルファス状態となっているため,耐熱性はTgに支配されるが,結晶化させることができればTgの影響を受けず,耐熱性を大幅に改善することができる2)。PLAは射出成形において,しばしば金型内結晶化という方法がとられる。樹脂を金型に満たした後,金型温度を結晶化温度である110℃付近に昇温保持して取り出し,耐熱性を持つ成形品を得る方法である3)。
FFFにおいてもこれと同じ要領でPLAを結晶化させることができる。ただし,FFFの場合は金型がないため,結晶化の際に発生する軟化と収縮は樹脂で対策しなければならない。そのために樹脂としては,結晶化速度が速いこと(=軟化する時間を減らす),フィラーが高充填されていること(=軟化時の変形を減らす)の二点が必要となる。
表1に二種類の耐熱PLAフィラメントを示す。本フィラメントの造形品を100~110℃×20分で加熱処理(アニール)することで結晶化が完了し,耐熱性を向上させることができる。アニール済140℃耐熱PLAと他社PLA造形品の耐熱テストの様子を図1に示す。他社PLAフィラメントの造形品が熱ダレを起こしているのに対し,140℃耐熱PLAフィラメントの造形品は元の形状を維持できていることがわかる。
表1 高耐熱PLAフィラメント
図1 造形品耐熱テスト例(片持ち140℃ x 1H)
一般的にFFFにおいて,溶融樹脂はノズル内部と定着時に高いせん断を受け,高分子鎖が引き延ばされる。そのため,造形品はX-Y方向に大きなひずみを残した状態となることが知られている(4)。このため,造形品の加熱時には主にX-Y方向の収縮という形で応力が解放される。140℃耐熱PLA造形品,160℃耐熱PLA造形品,他社PLAのアニール前後の収縮率を図2に示す。2種類の耐熱PLAフィラメントの造形品は収縮が抑えられている一方で,他社PLAフィラメントの造形品はX-Y方向に大きく収縮しており,そのひずみがZ方向に解放されていることがわかる。
図2 造形品アニール前後の収縮率
また,アニールによって,耐熱性向上だけでなく積層強度向上5)や残留応力除去による長期信頼性向上(経時での反りやクラックの防止)の効果を得ることも可能となる。FFFで耐熱造形品を得るためにはエンジニアリングプラスチック(エンプラ)が用いられるが,エンプラのフィラメントは扱いが難しいことも多い。本フィラメントは,エントリーモデルの3Dプリンタでも容易に耐熱部品を得られる方法の一つとして提案している。
なお,PLAは生分解性樹脂としての側面もあるが,生分解にはコンポスト環境での処理が必要となること,結晶化により分解速度が遅くなることから,本フィラメントのPLAはバイオマス樹脂として扱っている。
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3.高生分解性酢酸セルロースフィラメント
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近年,海洋プラスチックゴミが大きな環境問題となっている。樹脂材料においても,生分解性・持続可能性・環境調和などの要求がより強くなっているが,その中でもセルロース系材料が注目されている。酢酸セルロースは,天然の高分子であるセルロースを酢酸エステル化することにより得られる半合成高分子であり,生分解性を持つ環境にやさしい材料として知られている6)。酢酸セルロースは単独では熱可塑性を持たないが,可塑剤の添加によって成形性の優れた熱可塑性樹脂として用いることができる。本フィラメントで使われている可塑剤は非フタル酸系であり,酢酸セルロースと可塑剤どちらも安全性が高いほか,土壌中・海洋中とも高い生分解性を持つことが特徴となっている7)。本フィラメントはABS樹脂(アクリロニトリル―ブタジエン―スチレン共重合樹脂)に近い条件設定で造形が可能である。表2に推奨造形条件を示す。
表2 高生分解性酢酸セルロースフィラメント
溶融状態の酢酸セルロース樹脂は比較的固着性が強い。酢酸セルロース樹脂の成形加工では,シリンダーやスクリューなどに固着した樹脂が時間と共に成長し,溶融樹脂の流動を阻害することで,成形安定性や均一性の維持が難しくなる場合があることが知られている8)。FFFでは造形モデルの体積に比べて樹脂の表面積が大きく,バレルやノズルなど壁面に接触する割合が増えるため,固着の傾向はより顕著となる。この固着は他の樹脂ではあまり見られない現象で,酢酸セルロース樹脂のFFFでの扱いを特異なものにしている。具体的には,ヒートブロック入口からバレルやノズル壁面への樹脂の固着が発生し,固着した樹脂は次第に成長して流路を狭めてしまう。このため吐出量の減少や閉塞などの異常が発生することがある。
これまでの検討の結果,本フィラメントでは積層ピッチを狭小化することで造形が安定化しやすくなることがわかっている。これは,積層ピッチ狭小化からくる高い圧力によってノズル内の固着樹脂が追い出され,固着膜厚を薄く維持できる効果によるものと推測される。図3に積層ピッチが吐出に及ぼす影響について,推定の模式図を示す。
実際に積層ピッチを変量し,造形品の重量を測定した結果が図4である。PLAの場合は積層ピッチ増加に対して重量は単調増加する傾向にあるが,酢酸セルロースの場合は積層ピッチが0.15mmを超えたあたりから急激に重量が減少する傾向があることがわかる。これは,ある点を境に固着層の影響から押出抵抗が増加し,吐出量の減少が発生することを示唆している。
図3 積層ピッチが吐出に及ぼす影響(推定)
図4 積層ピッチと造形品重量の関係
また,酢酸セルロース樹脂の吸水率は2~3%であり,吸湿しやすい材料であることが知られている9)。FFFにおいて,フィラメントの吸湿は層間結合や造形品の外観を悪化させることから,主にフィラメントの乾燥や防湿によって対策が取られる。ただし,樹脂ペレットと異なり,フィラメントは長時間理想的な乾燥状態を維持することは難しい。酢酸セルロースフィラメントにおいても吸湿対策は必要となるが,ある程度の吸湿は避けられないものとして,吸湿の影響とどう折り合いをつけるかという考え方も重要になる。
吸湿の影響軽減の一つの方法として,積層ピッチの狭小化が有効とされており10),本フィラメントにおいても同様の対応を取ることができる。造形前に乾燥(70℃×6時間)したフィラメントでの造形品W0と,防湿対策なしで常温(20℃×50%RH)に1か月放置したフィラメントでの造形品W1について,それぞれ積層ピッチを変量し,造形品の重量変化率((W1-W0)/W0×100)を測定した結果が図5である。積層ピッチが小さいほど重量変化率は小さくなっており,造形の際に吸湿の影響を受けにくくなっていることがわかる。このように,酢酸セルロースの造形において,積層ピッチは正常な吐出と吸湿の影響低減の両面において重要なパラメータであることがわかる。
図5 積層ピッチとフィラメント吸湿前後の造形品重量変化率
また,酢酸セルロースはアルカリ環境で分解が進みやすく,弱アルカリである海水中でも分解が進むことが知られている11)。本フィラメントには造形安定性のためカルシウム系の粒子が添加されており,このカルシウム成分は,酢酸セルロースから発生する遊離酢酸と結びつくことで酢酸カルシウムを生成する。酢酸カルシウムはpH6.8~8.0で弱アルカリ性を示すことから,長期間土壌中に置かれたときに造形品周囲が弱アルカリ環境となり,海水中だけでなく,土壌中でも分解速度が高くなることが期待される。
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4.木粉高充填PPフィラメント
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石油系樹脂の使用量削減や廃棄物有効利用の観点から,バイオマス複合樹脂が数多く開発されている。代表的なバイオマスは木粉である。木粉は主に建築資材の製材や解体廃材のリサイクルで副産物として生成される。これまで粒度調整や不純物(接着材など)などの課題があったが,近年は要求規格高度化への対応が進んだ12)。このことから木粉がバイオマス複合樹脂へ適用される事例が増えている。
3D造形品は仕上がりが単調となり,温かみにかけることも多い。木粉高充填ポリプロピレン(PP)フィラメントは可能な限り木粉を高充填したもので,木彫りの民芸品のような造形品を得ることができる。表3にフィラメントの推奨造形条件を示す。
表3 木粉高充填PPフィラメント
木粉添加フィラメントは他にも市販品があるが,その添加量はおおむね20%程度のものがほとんどである。それに対し,本フィラメントでの木粉添加量は52%であり,多量の木粉充填を可能としている。一般的に,樹脂に木粉を高充填すると流動性や層間融着が悪くなり,造形性を阻害する。流動性確保のために温度を上げると,木粉の分解ガスから吐出不安定となるほか,長時間造形を行った場合は木粉分解の炭化物による詰まりを起こしやすい。
本フィラメントでは種類の異なるPP樹脂をコンパウンドすることで,木粉を高充填しながらFFFへの適用を可能にしている。一つ目は全体の特性を決めるランダムPP,二つ目はPPと木粉の相容性および分散のための酸変性PP,三つ目はFFFへの適用のための低融点高流動PPである。この中で低融点高流動PPが重要な役割を担っており,コンパウンド樹脂としての結晶性と融点を下げることができる。一般にPPの造形温度は210~240℃であるが,本フィラメントでは130~160℃と大幅に造形温度が低くなっている。これによって木粉分解ガスの抑制,反り改善などの効果を得ることができ,安定的な造形が可能となる。
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5.おわりに
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本稿では生分解樹脂,バイオマス素材を中心とした特殊フィラメントについて説明した。環境対応素材は今後さらに需要拡大が見込まれ,3Dプリンタへの適用事例も増えてくるものと考えられる。
FFF式3Dプリンタは成熟化してきているが,依然メカニズムが明確でない部分も多く残っている。材料の挙動を含めた形でFFFが理解されることにより,フィラメントと3Dプリンタは相互的に発展できる余地が残っている。これまでフィラメントは造形安定性やコストに重点が置かれてきたが,今後は単に安価に造形できるだけでなく,技術背景や裏付けを説明,共有できる形での開発が方向性の一つになり得ると考えている。
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参考文献
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1) https://www.european-bioplastics.org/market/
2) 木村豊恒, 植村哲, 足立茂寛, 安田則彦 奈良県工業技術センター研究報告 奈良県工業技術センター 編 34, 5-8 (2008)
3) 柏木章吾, 村野耕平, 村澤智啓 長野県工技センター研報 15, 20-21 (2020)
4) Han, Pu, et al. Procedia Manufacturing 53, 466-471 (2021)
5) Zisopol, Dragoș Gabriel, et al. Engineering, Technology & Applied Science Research 12.4, 8978-8981 (2022)
6) https://www.daicel.com/cell_ac/cellulose/ca_biodegradable.html
7) https://neqas.co.jp/neqas-ocean/
8) 特開2023-131404
9) Khoshtinat, S., Carvelli, V. & Marano, C. Cellulose 28, 9039–9050 (2021)
10) Wichniarek, Radosław, et al. CIRP Journal of Manufacturing Science and Technology 35, 550-559 (2021)
11) Omura, Taku, et al. Nature Communications 15.1, 568 (2024)
12) https://www.mokufun.nakawood.co.jp/