2025/07/18 21:08

月刊 MATERIAL STAGE(マテリアルステージ)2025年8月号に寄稿させていただきました論文、「導電性フィラメントによる3Dプリントとその応用」のHTML版です。


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1.はじめに
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3Dプリンタにはいくつか方式があるが,中でも熱で溶かしたプラスチックフィラメントを積層して造形する熱溶解積層法(FFF:Fused Filament Fabrication)は,装置が安価で使いやすいことから,家庭用から産業用まで幅広い3Dプリンタに採用されている。3Dプリンタは他にも光造形方式や粉末床溶融結合方式などがすでに確立されている。それぞれに優れた利点があるが,FFFはその費用対効果と汎用性のために,最も広く使用されている方式であり続けている。
フィラメントの樹脂材料は単一ポリマーのみで構成されるニート樹脂から,添加剤などを配合し機能性を付与したコンパウンド樹脂へと開発の中心が移っており,多様化するニーズへの対応が進んでいる。本稿では,その中でもプリンテッドエレクトロニクス分野について適用への関心が高まっている導電性フィラメントについて取り上げ,応用事例を紹介する。

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2.樹脂への導電性付与
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樹脂は一般的に導電性を持たない。樹脂に導電性を持たせるには,何らかの導電性フィラーを練り込む必要がある。導電性フィラーは,炭素系,金属系,金属酸化物系,金属被覆系に大別され,粉末状,繊維状,箔片状,針状など多様な形状がある。これらは導電性ペースト・接着剤・パテ・コンパウンドなど,用途に応じて使い分けられる。
フィラメント用樹脂は,ガイドチューブに沿って送られるために一定の柔軟性(曲げ剛性が低いこと)が求められる。また,吐出時に樹脂が細い糸状となり,体積に対して表面積が大きくなるため,他の成形加工方法よりも酸化が進行しやすいことから,酸化によってフィラーの特性が低下しにくいことも重要な要件である。
繊維状フィラーは樹脂の補強効果が働くことから剛性が上がりやすい。また,金属および金属酸化物をフィラーとして使用すると酸化の影響を受けやすい。そのため,導電性フィラメントにおいては粉末状の炭素系材料が用いられることが多い。
現在流通しているフィラメントの中には,カーボンフィラメント,金属フィラメントといった名称の商品もある。これらは主に強度や外観などの改善を目的にしたものである。よくこのようなフィラメントにも導電性はあるのかと疑問を持たれることがあるが,特別記載がなければ導電性は持たないと理解した方がよい。樹脂が導電性を持つには,内部構造として導電パスが形成されている必要がある。樹脂に導電性フィラーを添加した際の変化について,図1に示す。

図1 樹脂に導電性フィラーを添加した際の変化

絶縁性中の樹脂の中に導電性フィラーを添加しても,添加量が少量の場合は導電性がほとんど現れない(図1 A)。添加量を増やしていくと,ある点を境に,フィラーどうしがつなってクラスターを形成する。このクラスターは導電パスとして働くために導電性が発現し,一気に抵抗値が低下する(図1 B)。この現象はパーコレーション転移と呼ばれている3)。
さらに添加量を増やすと,複数のクラスターがつながって導電パスが増えることで,さらに抵抗値は低下する。ただし,系全体にわたって十分な量の導電パスが形成されると,それ以上導電性フィラーの追加により新たな近道ができたとしても,全体の抵抗値に与える影響はわずかになる。そのためやがて飽和状態となり,抵抗値の低下は頭打ちとなる(図1 C)。
また,導電性フィラーを添加しすぎると,機械的特性が悪化したり,コストが上がる要因にもなるため,最小限のフィラー量で目的の導電性を得ることが重要である。これを実現するための材料設計と混練方法が,導電性コンパウンドにおけるノウハウとなっている。

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3.導電性フィラメント
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表1に本稿で取り上げる導電性フィラメントEV30S(以下本フィラメントと記載)の物性値を示す。

表1 導電性フィラメントEV30Sの物性値(代表値)

本フィラメントでは導電性フィラーとしてカーボンブラック,樹脂はHIPS(耐衝撃性ポリスチレン)を用いている。
フィラメントの導電性フィラーとして,よくカーボンナノチューブやグラフェンなどの結晶性炭素素材が使用されている4,5)が,これらの材料は高コストであるほか,近年は有害性の観点から米国やEUを中心に規制の動きがある6)。また,銅粉末を充填したフィラメントも市販されている。ただし同じく高コストであるほか造形条件がシビアで,ノズル温度が上昇したりノズル滞留時間が長いと銅が酸化されやすい。そのため安定した抵抗値を得ることが難しい傾向がある。
本フィラメントは,主にはESD対策(Electrostatic Discharge : 静電気放電対策),電極,センサー用途への適用を想定し,コスト・電気特性安定性・規制の面に重点をおいている。本フィラメントの推奨造形条件を表2に示す。

表2 導電性フィラメントEV30Sの推奨造形条件
本フィラメントは比較的容易に造形が可能である。これはカーボンブラックが,導電性と同時に良好な熱伝導性を持つことに起因している。FFFにおける反りやクラックなどのトラブルは,造形中におきる熱のかかりかたのムラが大きな要因であることが知られている。造形品の熱伝導が良好であることは,ノズルからもたらされる熱が全体に伝わりやすいことにつながる。これによりひずみを造形品にため込みにくくなり,反りやクラックを低減させることにつながる。

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3.1 導電性フィラメント造形品の抵抗値
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本フィラメントにおいて,造形品の厚みを変化させた時の抵抗値の変化を図2に示す。
図2 導電性フィラメント造形品厚みと抵抗値の変化

造形品の厚みを増加させると急激に抵抗値が低下し,ある程度で抵抗時の低下は鈍化する。これは造形品が薄いと表面抵抗が支配的になり,厚いと体積抵抗の影響が支配的になるためである。インフィル率(造形物の内部を埋める充填率)を上げたときも造形品の厚みを増したときと同様の傾向となる。よく抵抗値を下げるために造形品を大きめにしたり,インフィル率を上げる対応がとられることがあるが,効果はあるところで飽和する。そのため,経済的には過剰な体積・インフィル率での造形は避けることが望ましい。

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3.2 導電性フィラメントにおける造形欠陥の影響
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導電性フィラメントにおける造形欠陥が導電性におよぼす影響について図3に示す。導電性フィラメントの樹脂にはよくPLA(ポリ乳酸)やABS(アクリロニトリル―ブタジエン―スチレン共重合樹脂)が用いられるが,これらの樹脂は吸水性を持つ。FFFにおいて,樹脂に取り込まれている水はノズルで加熱されることで発泡し,造形品に微小な欠陥を作ることが知られている。この欠陥は電子のう回につながり,導電性パスの障害として働くため,抵抗値が上昇したり不安定になりやすい(図3 A)。一方で,本フィラメントの樹脂にはHIPSを用いており,非吸水性であることから,造形品に欠陥を作りにくい。このため,導電性パスを乱さないことから造形品の抵抗値を安定させやすい特長がある(図3 B)。

図3 導電性フィラメントにおける造形欠陥が導電性におよぼす影響

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4.応用事例
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電子機器,精密部品,光学部品などの製造工程では,ESD対策が重視される。静電気によって,機器に組み込まれる回路の損傷や,部品へのゴミ・ホコリの付着などの不具合が発生する。そのため,作業環境や人体の除電を中心とした対応がとられる。
図4は本フィラメントでの導電性ブラケットの造形例である。作業台や対象機器を導電性ブラケットを介して受け,そこからアースを接続することで静電気を放出する。金属部品を使ってしまうと放電が一気に起きてしまうため,適度な抵抗値を持つ材料を用いてゆるやかに放電させることが望ましい。そのためには導電性フィラメントの造形品が好適となる。

図4 導電性ブラケット造形例

このような部品は単純な形状であるが,現物合わせも必要となるため,規格品が用いにくい。そのため柔軟に設計変更が可能な3Dプリンタが有利となる。そのほかに,機器の筐体の一部を導電性フィラメントで造形することもよく行われる。

図5に本フィラメント造形品を曲げセンサとして使用した例を示す。造形品に変形が加わることで生じる抵抗値の変化を読み取ることで,安価なひずみや変位のセンサとして用いることが可能となる。他の導電性フィラメントにおいて,マルチマテリアルによる造形で造形品の一部にセンサ機能を組み込みを行った例も報告されている。

図5 曲げセンサ造形例

図6に本フィラメントで造形した静電容量式センサの例を示す。右側の電球マーク部分(電極)と上側のコイル部分(抵抗:1MΩ)が導電性フィラメントでの造形品である。これらはArduino(ワンボードマイコン)を介して接続されており,電球マーク部分をタッチすることでLEDランプがON/OFFできる。
静電容量式タッチセンサは,センサ電極と人体(指)との間に生じる静電容量の変化を利用する。図6は,抵抗(R)とセンサ電極(C)からなる RC 回路で構成されている。Arduinoは電極に電圧を印加して充電を開始し,電圧がしきい値に達するまでの充電時間を計測する。指が電極に近づくと静電容量 C が増加し,RC 時定数(τ = R × C)が大きくなるため,充電時間が長くなる。この充電時間の変化を検出することで,タッチの有無を判別している。

図6 静電容量式タッチセンサの例

3Dプリンタによるセンサ形成は従来のエッチング技術と比較して低コストであるほか,組み込み一体化が容易になることで設計の自由度が高くなる。これにより,センサ一体型の筐体など複雑な立体的インターフェースへの実装が可能となる。

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5.おわりに
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本稿では導電性フィラメントとその応用について解説した。導電性フィラメントは従来ESD対策で用いられることが多かったが,センサとしての使用にも注目が集まっている。今後3D造形品は単純な部品としてでなく,高機能なセンサーを組み込んだ部品や筐体として使用される可能性がある。導電性フィラメントを用いた3Dプリンテッドエレクトロニクスはまだ歴史が浅く,今後大きく発展する余地が残されている。