2025/09/02 12:43

2018年に140℃耐熱PLAフィラメントの販売を開始した時の反応はいまひとつでした。「アニールとか結晶化といってもよくわからない」、「とりあえず静観しておくか」という空気だったような気がします。

当時は日本語の情報も少なかったため、まずPLA樹脂について解説するところから始めました。周知・浸透に数年を要する相当大きな回り道になりましたが、イベントなどでお話を伺うと、当方サイトを情報源にしていただいている方も多いようです。紆余曲折ありながらも結果的に少しはこの業界にお役に立てたのかなという気もします。

これまでPLA造形品のアニールに関しては主にPLA樹脂結晶化の観点でご説明してきましたが、140℃耐熱PLAフィラメントがどのような考え方に沿っているのか、設計思想的なところにはあまり触れてきませんでした。最近はPLAフィラメントもいろいろな製品がでてきて、他社品との違いも分かりにくくなってきたので、今一度アニールを通してフィラメントの説明をさせていただきたいと思います。

まず、難しいことを抜きにして、PLA造形品をアニールすると何が起きる?ということをまとめたのがこの図です。左から造形後、アニール中、アニール後の様子を示しています。

まずは造形後です。造形後は見た目モデルそのままの、とても正確な形状をしています。しかし造形に伴う残留応力をものすごくため込んだ状態になっています。結晶状態は非晶です。

次はアニール中の様子です。PLA造形品をアニールするとガラス転移点を超えて軟化しますが、このとき、2つの現象が同時に進行することになります。

1つめは残留応力の解放です。3DプリントにおいてPLA樹脂は造形時にノズルから出たとたん急激に冷却されるほか、XY方向ではモデル形状による薄い部分や厚い部分が混在しており、さらにそれがZ方向に熱のムラを伴いながら積層されます。そのため、アニールではため込まれた応力がとても複雑な方向に解放されることになります。

もうひとつはPLA樹脂の結晶化です。造形後はノズル吐出によって引き伸ばされた高分子の鎖が折りたたまれて結晶になろうとするので、基本的には造形品を収縮させる方向の力が働きます。

最終的にはこれら2つの力が合わさった形で変形し、いびつでかつ収縮した状態になります。これがアニール後の形状になります。

そのため、PLAで耐熱の造形品を作ろうとすると、どうしてもアニールでの変形ができるだけ小さい材料が求められることになります。

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◆アニール中の変形を小さくするには?

それではアニール中の変形を小さくするにはどうすればいいでしょうか?
ざっくりと3つの要因が考えられます。PLA結晶化度、PLA結晶化速度とフィラー含有量です。

・PLA結晶化度
低いと結晶化に伴う収縮量は小さくなる
高いと結晶化に伴う収縮量は大きくなる

・PLA結晶化速度
小さいと残留応力の解放は大きくなる(より長い時間軟化した状態が続くため変形が大きくなる)
大きいと残留応力の解放は小さくなる(より長い時間軟化した状態が続くため変形が小さくなる)

・フィラー含有量
高いと残留応力の解放は小さくなる(熱膨張が小さくなり全体の熱収縮低、熱伝導性が高くなり冷却ムラ減)
高いと結晶化に伴う収縮量は小さくなる(結晶化に関係しない固形分が多くなるのでその分収縮が減る)
低いと残留応力の解放は大きくなる(熱膨張が大きくなり全体の熱収縮大、熱伝導性が高くなり冷却ムラ大)
低いと結晶化に伴う収縮量は大きくなる(結晶化に関係しない固形分が少なくなるのでその分収縮が増加する)

少し頭がこんがらがってきますが、表でまとめてみます。

実際のPLAフィラメントの組成を基に関係を整理すると、上のようになります。

結晶性が低く、結晶化速度が大きく、フィラー含有量が大きいという関係に近いほど造形品アニールの際の変形が小さくなるということになります。ですがこのバランスをとることは案外難しいです。

一般的なPLAフィラメントは結晶性が低い、昔からある低L組成のPLA樹脂が使われています。低L組成の場合は結晶化させる場合とても長い時間がかかってしまうため、アニール時には残留応力の解放が進んでしまい変形がとても大きくなってしまいます。

最近出てきているHT-PLAのような耐熱PLAフィラメントは、高L組成のPLA樹脂が使われています。この樹脂は10年ほど前に上市され、一部の高耐熱用途の製品に採用されていましたが、最近では3D用途へも展開が進みました。高L組成の場合は結晶化が短時間で完了しますが、結晶化度が高いため収縮が大きくなるという欠点があります。

Nature3Dの140℃耐熱フィラメントで使われているPLA樹脂は結晶性は中程度で、かつ結晶化速度が速い特性があります。さらに流動性を阻害しにくい無機フィラーを高濃度で配合することで、良好な造形性とアニール時の低収縮を実現しています。