2021/12/26 23:03
DSC(示差走査熱量計:Differential Scanning Calorimeter)は基準物質と試料を同時に一定速度で昇温し、基準物質と試料の温度差から熱量を測定する装置です。高分子材料の融点やガラス転移点など基礎的なデータを取るのに使われます。物質は、融解や凝固など内部構造が変化する場合は熱量の変化を伴います。熱量の変化をとらえれば、その温度に達した時にどういう変化が起きているかわかる、というわけです。
下記はPET樹脂のDSC熱分析結果です。温度を常温から290℃付近まで上げた時のもので、昇温の途中で何が起きるかを示しています。DSC分析ではピークの面積からはエンタルピーが求められたりしますが、曲線の形を見るだけでもおおざっぱなことはわかります。DSC分析では、ガラス転移はベースラインのシフト、結晶化は発熱ピーク、融解は吸熱ピークとして出てきます。これが起きる温度がそれぞれガラス転移点、結晶化温度、融点です。
難しいことは置いておき、3Dプリンタで使われる樹脂のDSC結果をざっくり見てみましょう。下記は実際に市販されているPLA, ABS, PETG, PAフィラメントをDSCで測定したものです。
吸熱ピークである融点がまず目に留まります。融点はPLAが148.6℃、PAが194.7℃です。ABSとPETGは吸熱ピークがないことがわかります。ABSとPETGはアモルファスの樹脂で、結晶がないので融点は存在しません。実は融点というのは結晶が溶けるときの温度で、結晶がなければ融点もありません(参考:ABS樹脂に融点はないって知ってましたか?)。各樹脂のガラス転移点もおおまかに読み取れます。ベースラインが一段下がっているところがそうです。だいたいPETGは70℃、PLAは55℃、ABSは105℃、PAは45℃です。
PLAの融点が低くないか?という気もしますが、こういうPLA樹脂もあります。よくPLA樹脂の融点は170℃と書いてありますが、これはホモポリマー(モノマーが一種類だけでてきている高分子)としての値だと思われます。実際にはPLA樹脂はL-乳酸とD-乳酸のコポリマー(二種類以上のモノマーからできている高分子)になっており、PLAの融点はL乳酸とD乳酸の共重合比で決まってきます。D-乳酸比率が高ければ融点は低くなり、低ければ融点は高くなります。D-乳酸比率は0.5%程度まで下げると融点は170℃くらいまで上がります(Nature3Dで販売しているPLA樹脂がD-乳酸比率 約0.5%です)。逆にD-乳酸を増やしていくと融点は下がり、10%くらいを境に融点がなくなってアモルファスになります。
同様に、PAも融点が少し低めです。よく使われるPA6は融点が225℃ですが、上のものはこれよりも融点が低いです。こちらも同じようにコポリマーなのかと思われます。PA6/66共重合樹脂が融点としては近そうです。結晶性樹脂は収縮率が高いため、フィラメントで使う場合には不利だといわれていますが、コポリマーを使うことで結晶化度を下げることができ、ある程度収縮を下げることができます。融点も下がるのでヒーター負荷も下げられます。フィラメントを見ていると、なんとかコポリマーと書かれているものをたまに見かけますが、3Dプリンタにとって有利であることから選択されていることが多いようです。